(その1)「不正指令電磁的記録に関する罪」について、最高裁判所へ情報公開請求をしました

兵庫県警が「不正指令電磁的記録に関する罪(刑法168条の2および3)」について起こした無限アラート事件について、前回の続きです。

今回は、兵庫県警ではなく最高裁判所へ情報公開請求をしました。そのためナンバリングを(その1)と振り直しました。二つは並列して進めていきます。これまでの動きを追いたい方は、Twitterのmomentにまとめてあるのでこちらで追ってください。

今回の概要 - 最高裁判所への情報公開請求

前回の記事、(その6)兵庫県警へ「不正指令電磁的記録に関する罪」の情報公開請求をしましたでも書きましたが、今回の無限アラート事件のひとつの要因は法務省が曖昧すぎる法律の条文を放置しているという点もあります。

現在の「不正指令電磁的記録に関する罪」は、この曖昧な条文を「運用でカバー」している状態です。そして「運用でカバー」はいつか必ず破綻します。立法時、既に「単なるバグを出した開発者が逮捕されるなど、条文が拡大解釈されてしまうのでは……」と懸念されていましたが、それは現実のものとなり、無限アラート事件では兵庫県警による冤罪事案が発生しています。

ただ、法務省の責任と言っても広いため、少しずつ絞ってやっていきましょう。そのため今回は、以下2点をはっきりさせていきたいです。

  1. 裁判所は、不正指令電磁的記録に関する罪の各種令状(捜索、差押、逮捕など)について警察等から請求があった場合、発行に必要なチェック(令状審査と呼びます)をきちんと行っているのか?
  2. 現在の日本において、サイバー犯罪を裁くことのできる知識を、そもそも裁判官は持っているのか?

令状については裁判所が管轄するため、今回は最高裁判所に対して、以下2つの公文書公開請求を行いました。ちょっと長いですが、正確性を期するためにきちんと書きます。

  1. 令状審査に関する統計
     平成23年度から平成30年度までの期間における,刑法168条の2及び168条の3の罪に関する令状(逮捕状,勾留状及び捜索,差押,検証許可状)の請求数及び審査結果が記載された文書。
  2. 刑事裁判官のIT研修
     平成23年度から平成30年度までの期間において、刑事事件を担当する裁判官を対象として実施された,情報技術(IT)についての研修に関する以下の文書。
     (1)研修の表題,実施期間並びに外部講師を招聘した場合にはその講師名及び所属が記載されたもの。
     (2)各研修において裁判官に提示または配布された資料。

開示結果について

以下が通知書です。

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まぁ予測通りですが、延長通知が出ました。令和元年5月16日に受付されましたが6月17日に延長通知です。なおこの通知は「文書用意するから待っててちょ」ではなく、「開示・不開示の判断」を含めた通知であることに注意してください。

なお、通知の予定時期につきましては、本日から3か月程度かかる見込みです。

とのことですので、ここまでそもそも開示されるのか? しないのか? そこすら分かりません。3ヶ月後、「やっぱり不開示です」もアリです。というわけで次のこちらの更新は9月になりそうです。

もともとこちらも長期戦の構えです。問題ありません。とはいえ待つだけではムダですから、きちんとこの背景を解説しておきましょう。

警察と裁判所の関係 - 刑事訴訟

兵庫県警の話をしていたのに、なぜいきなり裁判所が出てきたのか。とまどう方もいると思うので、ここで警察が捜査を行う際の裁判所との関係を少し記しておきましょう。

家宅捜索、差押え、逮捕と令状

警察は、ちょっと踏み込んだことをしようとすると、何をするにも裁判所の令状が必要です。令状は、裁判所の裁判官が発行します。このあたりの決まり事は、すべて「刑事訴訟法」および「刑事訴訟規則」で定められています。法令なのでネットで公開もされていますし、全部タダで読めます。嬉しいですね。弁護士の方などは、毎日ウヒョウヒョ言いながら法令をネットで読んで楽しんでいます。タダで楽しめる素晴らしい娯楽です。(ITエンジニアが、APIドキュメントを読んでウヒョウヒョ言っているのと同じです)

警察で捜査が進むと、容疑者の家宅捜索を行う場合があります。この家宅捜索を行うには裁判所の捜索令状が必要です(*1)。また差押えをするにも裁判所の差押え令状が必要です。警察の捜査では、フツーは家宅捜索&証拠物件を差押さえるので、この2つが悪魔合体した「捜索差押許可状」を警察が裁判所に請求し、裁判官がその内容を審査した上で発行するのが一般的です。同様に、逮捕するには「逮捕状」が必要ですが、これはまぁ分かりますね。

(*1) 逮捕時には同時に家宅捜索できるなど、一部例外はあります。刑事訴訟法第220条等を読んでください。

さて、今回の無限アラート事件で家宅捜索を行ったのは兵庫県警サイバー犯罪対策課です。ということは家宅捜索の令状を発行したのは、サイバー犯罪対策課の所在する神戸市の、神戸地方裁判所または神戸簡易裁判所のはずです。なぜなら礼状は、刑事訴訟規則 第二百九十九条により、「所属の官公署の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所の裁判官に」請求するためです。

(裁判官に対する取調等の請求)

第二百九十九条 検察官、検察事務官又は司法警察職員の裁判官に対する取調、処分又は令状の請求は、当該事件の管轄にかかわらず、これらの者の所属の官公署の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所の裁判官にこれをしなければならない。但し、やむを得ない事情があるときは、最寄の下級裁判所の裁判官にこれをすることができる。

ちなみに上にある通り、令状の請求は警察だけでなく、検察官や、司法警察職員(例えば海上保安官や、麻薬取締官いわゆるマトリ)も出せます。

最高裁判所への情報開示請求の意義

このブログを書き始めてより、メールで何人かの方から、「裁判所の令状発行にも問題がある」とご指摘いただきました。これは私もその通りだと思います。神戸地裁または神戸簡裁は、今回、兵庫県警の出した請求を本当にちゃんと令状審査したのでしょうか?

裁判官は令状を発行する際、警察が出した請求が妥当であるか審査し、不正であれば却下しなくてはいけません。今回の兵庫県警の無限アラート事件について、裁判所は兵庫県警の言い分を正当であると判断して、捜索差押許可状を出しています。その判断は本当に正しいのでしょうか。そもそも、「不正指令電磁的記録に関する罪」の礼状を発行する際、神戸地裁・神戸簡裁の裁判官はその請求内容を正しく判断できるだけの知識を持ち、正しく審査できるのでしょうか。

ただし、個別の事案について情報公開請求をしても、様々な理由を付けられまず間違いなく非開示となります。そこで今回はもっと一般的な内容を聞くこととしました。今回請求する「令状審査に関する統計」……つまり「不正指令電磁的記録に関する罪についての令状の請求数と審査結果」が開示されれば、その内容が数字の裏付けをもって明らかになります。

また同時に、裁判官へのIT教育資料(法律関係だと基本的に全角なので、気持ち悪いけどITは意識的に全角にしています)も公開請求することとしました。もしこのような教育資料や研修が無い場合、「ITの専門家でもなんでもない裁判官が、『不正指令電磁的記録に関する罪』の令状を正当に審査できるだけの判断材料なんて無かったのでは?」ということになります。つまり客観的に、「事実上、無審査で令状を発行していたのでは?」と裏付けることができます。

これまで何度か書きましたが、不正指令電磁的記録に関する罪は、いったい何をしたら逮捕されてしまうのか、現在、国民は全く知ることができていません。もし上記の教育資料や研修も無いのであれば、ひょっとしたら日本の全ての裁判官、誰ひとりとして「不正指令電磁的記録に関する罪」が成立する構成要件を分かっていないし判断できない状態ではないのか? とさらに突きつけることができます。

よくある質問

ここまで読んで、ムズムズしている人もいるでしょう。もうちょっとです。ガマンして読んでください。

裁判所は、警察の出す書類なんてろくに見ないでバンバン令状を出してるよ! 知らんのか!

知ってます。

残念ながら現在の裁判所はWikipediaの表現どおり「令状の自動販売機」で、警察の請求は明らかな書類不備等が無い限り、まず99.9%通ります。本来は警察の暴走を防ぐために裁判所が警察の提出資料をチェックし、家宅捜索なり逮捕なりの必要性をきちんと判断してダメなものはダメと却下すべきですが、実質機能していません。

「じゃぁムダじゃん!」と言われることを承知の上でこれを請求するのは、ひとつは先に述べた通り、私は何をしたら逮捕されるのか、はっきり知りたいのです。この請求をすることで、警察ではなく司法機関が「不正指令電磁的記録に関する罪」の犯罪構成要件についてどう考えているのか間接的に見えてくる可能性があるため、意義はあると考えます。つまり、これまでは警察ばかりを見てきましたから、法務省側もアプローチしていきたいわけです。

同時に、上に書いた通り、今回の公開請求文書がもし無いのならば、「そもそもこの法律は適切に運用されていないじゃないか!」とはっきり言える材料が一つ得られます。どちらに転んでも、私はカードを1枚手に入れますので、どちらでも構わないわけですね。

なんでそこまでして必死なの?

これは兵庫県警へ「不正指令電磁的記録に関する罪」の情報公開請求をしました(その1)で、一番はじめに書いた通りです。今も同じ考えです。

  • 私は逮捕されたくないからです。
  • 私の大切な友人たちを守るためです。

私は、自身のやっている「すみだセキュリティ勉強会」を一時中止しましたが、これは最近、参加者に若い学生さんが増えたということも大きいです。私のようなおっさんならば、「警察の任意は全て応じる義務は無い」「あらゆる質問に黙秘権がある」「もし調書に『反省しています』という文言が入っていれば、間接的に故意を認めるので絶対にサインしてはいけない」など色々知っています。しかし、兵庫県警が社会的弱者を狙い撃ちにして逮捕してくる可能性があるため(今回の一連の報道でその事実は間接的に証明されましたね)、勉強会を一時中止せざるを得ませんでした。

また私のPenTesterの友人の中には、国際カンファレンスで講演するほどの高い技術を持っている方もいます。私は、そのような日本のトップレベルのセキュリティ人材が逮捕されるという、日本にとって不幸しか生まない事態を危惧しているのです。そしてその危惧は、これまでの兵庫県警のやり方を見る限り、決して「大げさ」でもなければ「怖がりすぎ」でもありません。

前回から繰り返しますが:次に逮捕されるのは「ちょっとしたおもしろプログラム」を書いている、あなたや、あなたの周りの大事な人かもしれないのです。不正指令電磁的記録に関する罪については「警察に目を付けられたらアウト」、それが過去の事件から得られる事実であり現実です。

寄付は受け付けていないのですか?

最近ときどき聞かれるので書いておきますが、寄付は不要です。理由は、確定申告などいろいろ面倒くさくなるからです。面倒くさいのが嫌いなのです。

それでもどうしても寄付したいというワガママな方は、以前に私が書いた以下の本を買ってください。印税額が増えるだけなので確定申告の手間は変わりませんし、版元のSBクリエイティブさん含めて助かります。自分で言うのもなんですが、Linux入門書として優れている自負はあります。「オレは初心者じゃない」とか、「もう持ってる」人は、周りの新人さんや学生さんなどに買ってあげてください。

新しいLinuxの教科書

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おわりに

不正指令電磁的記録に関する罪は、法曹界ですらまだ非常にマイナーな法律です。知人のツテで弁護士の方の何人かにヒアリングしましたが、無限アラート事件どころか、この法律の存在を知っている人すらゼロでした。私がヒアリングした弁護士さんは、民事裁判を扱っていらっしゃる方々なので仕方ないといえば仕方ないのですが、このように法曹界ですらまだ知らない方は多い法律です。2019年現在では、弁護士よりもITエンジニアの方が、むしろ認知度は高いかもしれません。

皆さんがすぐにできることは、このような法律があること、そしてそれにより警察が曖昧な根拠をもとに検挙を行っているということを周りに広めることです。ちょっとTweetするだけでも、ちょっと周りの友人と話すネタにするだけでも構いません。よろしくお願いします。